2016年2月19日金曜日

弁膜症の外科的治療 - 2


 一昔前は、弁疾患で本人の弁を人工のものに置き換える場合、それが機械弁であっても生体弁であっても固有の問題が発生する可能性が高かったのです。固有の問題は生体弁か機械弁かによって異なってきます。生体弁はどの程度の耐久性があるか。生体弁といってもその弁の組織が生きているわけではありません。多くの場合は豚さんの弁を利用しますが、抗原抗体反応を起こさないように『晒し』ます。生体弁とは、したがって『元生き物だったものの心臓から取り出して人間に移植しても不都合な反応を惹起しないように処理された弁』のことです。

機械弁は弁の開閉のたびにぶつかったところの赤血球が破壊されていきますので、わずかですが、溶血が起こると言った問題があり、しかもワーファリンと言う抗凝固剤をずっと飲み続ける必要があります。機械としての耐久性は検証されていませんし、ワーファリンには特有の問題がありますので、それを嫌う人が少なくありません。ここで誤解の無いように言っておきますが、機械弁の耐久性については、実際の生体の中での耐久性は弁置換後、例えば20年経っても無事であることを確認できたら、『少なくとも20年はもつ』と言う形で確認されるものなので、弁置換手術の歴史とともに伸びていくものでした。

 そんな理由で、手術はできるだけ心不全末期になってから、と言う考えが支配的だったのですが、手術が比較的安全になり、様々な方法が提案されるようになった今日、早い段階で手術をするという施設が多くなってきているようです。しかし、心雑音が聞こえても無視したり、そもそも聴診器を胸に当てない医師が増えてきて、現在多くの『隠れ弁疾患』患者がいると言われています。特に問題になっているのが大動脈弁狭窄です。

 こうした弁疾患を抱えて長年生活を続けていると、心臓から必要量の血液を全身に送り出すと言う要求にこたえるために心臓がどんどん肥大していきます。肥大しますが、心臓のあちこちに不具合があるので、有効な働きをすることが出来ません。そして心臓の筋肉繊維の幾分かが慢性疲労のために結合組織に置き換わってしまいます。そんな状態で手術をしても、とてもコンプライアンスの悪い心臓になってしまい、本来の心機能に戻ることが難しくなります。それでも手術時期を出来るだけ遅らせるために様々な工夫がなされました。 - つづく -

2016年2月12日金曜日

弁膜症の外科的治療 - 1


 心臓弁膜症というのはあいまいな病名で、心臓内にある4つの弁のどれか一つもしくは複数が不都合な働きをしている状態を指します。この病名からはどのような治療手段が必要かといったことは全く分かりません。心臓の中に4つのお部屋があり、4つの弁があります。心房と心室の間の弁(房室弁といいます)、心室と動脈の間の弁(肺動脈弁と大動脈弁です)ですが、一般に左心室に関係した弁の不具合のほうが症状の出方が深刻です。

 これらの弁に不具合が生じて手術的に治療しなくてはならなくなった場合、心臓の一部を切開して弁に手を加えますので、心臓が程度の差はあれ、必ず機能不全をこうむります。心臓は筋肉で出来ていて、その筋肉が収縮することで役目を果たしています。その筋肉を切断するのですから、その部分は役目を果たせなくなり、当然の機能低下です。しかも、これは冠動脈の手術と異なり、人工心肺を使った手術になりますので、その負荷も大きくのしかかってきます。つまり、手術のあとも、その影響が長いこと尾を引くのです。

 では、その弁膜症はどのように診断するか。まず、『この人は弁膜症ではないか』と疑いを持つことが必要です。そうでないと、心不全でひっくり返るまで気付かれなかったなどという事になるのです。どのようにして弁膜症の疑いを持つか。それは普段診療所などで診察を受ける際の聴診です。心臓にある弁のどれかに異常があると、その異常個所で血流にいつもとは異なる乱流が生じ、また血流の停滞などが生じます。その乱流や独特な血流が心音の異常として聞こえるのです。

また、それ以外にも筋力がもともと弱い右心室に負荷が強くかかると、右心室の収縮に少し余分に時間がかかるようになります。それは弁が閉まる音が左右で違うタイミングに聞こえると言う現象となりますので、これも心臓に問題がある時の一つの診断基準となります。普段はほとんど動脈弁の閉鎖音は左右でずれないのですが、呼吸によってそのずれがわずかに変動します。ところが、右心室負荷が強いとその動脈弁の閉鎖音が常に二つ分かれて聞こえます。私たちはそれを『II音の固定性分裂』などと呼んでいます。

 そうした弁疾患の疑いを持ったら、次は画像による検査です。いろんな方法が考えられますが、一番簡便で体へのダメージが小さいのは心エコー検査でしょう。これで心臓の4つの弁の動きが観察できます。そして心臓のその時点での働き具合を心臓カテーテルと言う検査手段で検査します。心臓はこの先増加するはずの負荷に耐えられるか?いつごろ具合の悪いことになるか?そういったことを考えながら手術のタイミングを詰めていくのです。


2016年1月27日水曜日

今日のレシピ - ミネストローネ


 和風の具沢山スープといえば、けんちん汁やのっぺい汁がすぐ思い出されます。けんちん汁には大根、人参、サトイモ、こんにゃく、ごぼう、油揚げ、青ネギ、ごま油などの他、時におでんの具のようなものを入れることもありますし、鶏肉(モモ肉)を加えることもあります。もともと建長寺の修行僧が作っていたものらしく、動物性のものは加えないのがスジだと思いますが、鶏肉などを入れたほうが美味しくいただけます。

 一方のっぺい汁は料理の際に残る野菜の皮やへた(もちろん今時野菜のヘタや皮を入れる人はいません)をごま油で炒め、煮て汁にしたもので、地域によって使用する材料やとろみの加減などが大きく異なるのですが、サトイモ、ニンジン、コンニャク、シイタケ、油揚など共通するが共通しています。かまぼこ、ズッキーニ、胡瓜、カリフラワー、タマネギなど練り物や西洋野菜を用いても美味しいものです。セロリ、芽キャベツなどのような独特の香りのある食材の場合は、先に湯がいてから使うとよいでしょう。もちろん素材の味を楽しみたいという向きは下茹での必要はありません。

 こうした和風の具沢山スープも美味しいものですが、美味しい洋風の具沢山スープといえば、最初に思い浮かぶのがミネストローネ。20世紀の真ん中あたりに活躍したイタリア人指揮者トスカニーニがこれを好んでおり、毎朝の食事にミネストローネを所望したという話もあります。これも作り方はとても簡単。大根や蕪、人参、ジャガイモ、キャベツ、玉ねぎ、にんにく、ズッキーニ、莢インゲン、ベーコンなどを用います。トマトを加えて煮込むのですが、トマトを加えなくてもミネストローネというようです。

 私の好みから言えば、ベーコンではなくパンチェッタのほうが良いように思いますが、その辺はとても瑣末な問題です。まず鍋にオリーブ油をカップ半分弱程度入れて、包丁の腹で叩いて潰したにんにくを入れて弱火で加熱します。うっすらと色がついてきたら、ざく切りした玉ねぎを加え、その間に他の素材を一辺が1cm程度のサイコロ状にカットして置きます。玉ねぎが透明になってきたら他の野菜を加えて、ワインとトマト缶を加えて煮込みます。アルコールを飛ばしたいので、20分ほど蓋をしないで煮込むほうがいいでしょう。

 素材として、セロリなどの香味野菜もOKですし、かぼちゃが意外によく合うので、お奨めです。また煮込む際にマギーブイヨンを1個加えておけば味に深みが出ます。朝、交響曲の譜面でも眺めながらこの具沢山スープを口に運べば大指揮者トスカニーニになったような気分になれるかも?私が自炊などを始めるようになったときに周囲に美味しいけんちん汁やノッペイ汁を食べさせる食堂がなく、ミネストローネを供するレストランはありましたので、関心がイタリア料理に移ってしまいました。

 ちょっぴり贅沢をしたいのであれば、パルミジャーノ・レッジャーノというイタリアのチーズをすりおろしておいて、食器にこのスープをよそった際にそのチーズを振り掛けると、かなり濃厚なものになり、これだけで立派な一皿になります。朝など、このスープとフレンチ・トーストだけで充分だと思います。


2016年1月19日火曜日

虚血性心疾患:狭心症と心筋梗塞 – その4

心臓の手術は、現在安全に行えるようになってきたとは言うものの、施設によってその成績には大きな開きがあるので、時間的ゆとりがあるのであれば、充分施設について検討した上で手術を決めたいものです。その場合の見分け方をいくつか挙げておきます。まずその施設の年間手術数と成績です。冠動脈バイパスだけでどれだけの数をこなしているかと言うのはかなり重要なファクターです。一般に心臓の手術と言っても、大動脈関係の手術か冠動脈の手術かで手技が大きく異なりますし、弁疾患に対する手術もまた性格の違ったものです。

 ですから、ごちゃ混ぜにして『うちは年間160例』と言われてもあまり参考になりません。『冠動脈バイパス術で年間80例』と言う情報が欲しいわけです。だからまずその数値を明確に上げること、そしてその80例のうち何例が歩いて退院したかを聞くことが大事です。一般に術後30日を越えた後に死亡してもその死亡例を手術死に勘定しないのが普通で、施設によっては死亡率をはじき出す際の『見栄』のためになんとしても30日は生かしておくと言うところもあります。それに、寝たきり退院では手術してもらった甲斐がないので、自分の足で歩いて退院したということはかなり重要です。

 もちろん手術する際の基準として、状態のいいものだけを選ぶと言うことも施設によってはあると思いますが、状態のいい心臓だけを手術の対象にする、つまり手術しても余り回復の見込みのないものは手術しない、と言うのも一つの見識ですので、そこで自分が手術対象に選ばれたのであればそれはそれで喜ばしいことです。また手術死亡率について、全国平均を持ち出して、自施設の成績を言いたがらない場合は要注意です。そういう場合には自施設の成績はたいてい平均より悪い。そして全国平均については多分ネットで検索して予備知識として把握できると思いますので、全国平均を実際より高めに言う施設に出会ったら、それも要注意です。

 もう一つ手術(麻酔も含めた)の所要時間を聞いておくことも大事です。平均の冠動脈バイパス本数と所要時間、その所要時間については心臓操作にかかった時間と全手術時間、そして麻酔の所要時間を聞いておくべきでしょう。それらの数値がすらりと出てこない施設であれば、一応用心したほうがいい。ただし、そうした平均値については電カルでの資料集めから数値の計算に30分から1時間程度が必要ですので、面談のときに次回はそれらについて教えて欲しい旨伝えておくべきでしょう。

 もし、医療関係の知り合いがいるのであれば、その知人に問い合わせるのも有力な情報を得る手段となります。その人が麻酔科の医師であれば、ある程度広い範囲について比較して教えてもらえるかもしれません。外科医であれば、自分もその当事者になるので、余り明快な答えが返ってこない可能性もありますので…一つしかない自分の命ですので、手術に関しては慎重に病院を選びたいものです。その際、近場だとか、受付や主治医が優しかったり愛想がよかったりと言うのは一応参考程度に留めておいてください。

2015年12月24日木曜日

虚血性心疾患:狭心症と心筋梗塞 – その3


供給される酸素と燃料(心筋では中性脂肪をよく利用します)の不足が深刻になると、心臓の筋肉は酸素消費量の少ないモードに移行しようとします。もちろん頭から心臓のペースをつかさどっているところには『もっと働け』と言う指令が届きますが、働くのに必要な兵糧が届かないと戦意喪失状態に陥ってしまいます。その状態が心室細動で、そんな状態になると個体は死んでしまうのですが、どんなに苦しくても心室細動にならないと言う固体がどこかで発生しない限り、心筋虚血に陥った際に心室細動に移行しないと言う進化の圧力は働きません。

ですから、心筋の酸素不足がある程度以上深刻になると、心室細動に移行してしまいます。もちろん心筋虚血の部位や範囲によっては心室細動に至らず、心筋壊死が生じることもあります。その場合には先に述べた亜硝酸剤を服用しても痛みが去らず、強い痛みを訴えながら循環器か専門病院に救急搬送されることになります。一方心房にある心臓のリズムをつかさどる指令塔(洞房結節と言います)から二次指令塔(房室結節)を経て心室に指令を届ける経路のどこかに小さな心筋梗塞が発生すると、不整脈と言われる状態になります。どこが侵されるかによって不整脈の種類が異なります。

 現在狭心症や心筋梗塞に対する治療としては、その病状の深刻さにもよりますが、カテーテルを用いた治療が一般的です。カテーテルとは細い管で、X線透過性のない素材で出来ていて、透視画像を見ながら血管内を進めていき狭窄のある部位にたどり着いたら先端にある風船を膨らませて狭窄を押し広げます。そして広がったところにステントと言われるつっかえ棒を入れて、せっかく広がったところがまた狭くならないような手段を講じるのです。

 人によっては冠動脈の細いところが何十箇所も狭窄を起こしていて、ステントで対応できないものもあります。そうしたケースでは心筋のいたるところで部分的な繊維化が進んで段々動きが悪くなってきます。動きが悪くなると、代償製に心臓がサイズ・アップするのですが、基本的に幸せな経過を辿りません。そうした心筋に対する外科的な介入としては現在でも数十本の血管吻合は実際的ではありませんので、心臓移植が最も理に適った方法となるようです。


2015年12月9日水曜日

虚血性心疾患:狭心症と心筋梗塞 – その2


 食べたものが吸収されて血流に乗ると、余剰の成分がいろんなところに取り込まれるのですが、そこに別の要素が加わると、血管内にその余分な成分が蓄積しやすくなります。別の要素とは、大体ご想像のとおりだと思いますが、飲酒、喫煙、運動不足、糖尿病などの生活習慣病、ストレス、睡眠不足、偏った食習慣、そして本人に全く責任のない遺伝的素因などです。ストレスだって本人に責任はない?しかし数十年も日本の社会で生きているのですから、ある程度のストレス発散・回避の術は身につけておくべきではないでしょうか。

 体を走り回っている血液の通路たる血管にほころびが生じた場合、道路工事の作業員のような役割を果たすものが出てきてそこを何とかする、という都合のいい話はありません。血流障害が少しずつ進行した場合には、一応道路工事のバイパスに当たる血管のバイパスが出来ます。最も有名なものは『メドゥーサの頭』と言われるもので、肝硬変になって肝臓の血流が著しく悪化すると、本来肝臓を通って消化吸収されたものの一時処理をする部分をバイパスして腹壁の静脈に血流が逃げます。そして心臓に還っていく。その人の上半身を診ると、腹壁をまるでメドゥーサの頭のように血管が蛇行しているのが観察されます。

心臓の筋肉の間を縫って走る冠動脈にも、もし動脈硬化性病変で狭窄が出来た場合、それがゆっくり出来ていく場合だと、血流の不足した部分にそのバイパスが出来ていきますので、その状態で狭窄の程度がひどくなっても心筋の酸素要求量は、安静にしている限りそのバイパスで賄えます。しかし急ごしらえのバイパスでは、酸素要求量に合わせて血流を調節する機能が不十分であり、激しい運動などに晒されると心筋の酸素要求量が大幅に不足します。

 酸素が不足すると、一般的には狭心症と言われる症状が発生します。つまり胸がやたら痛くなる。胸から背中にかけての放散痛だったり、みぞおちの辺りが痛んだりと、痛みの場所は一定しませんが、かなり辛い痛み(自分自身の経験がないので、痛みの性状などを自分の言葉で書くことが出来ません)のようです。その狭心痛には亜硝酸剤が良く効きます。この服用なしでも痛みは多くの場合10分かそこらで治まります。

  次回は虚血性心疾患の治療に触れたいと思います。

2015年12月2日水曜日

虚血性心疾患:狭心症と心筋梗塞 – その1


 心筋梗塞というととても恐ろしい病気だ、そういった認識は多くの人にいきわたっていると思います。その心筋梗塞ととても近い病気として狭心症があります。その怖い病気について述べますので、できるだけ危険を回避するような生活を心がけてください。この項をお読みになって生活習慣が多少とも変り、虚血性心疾患になる人が少しでも減れば望外の喜びです。

 人の血管は全部をばらばらにして一本の管につなぎなおすと、10万キロほどになるそうです。その10万キロの血管は、もちろん新生児の頃には少し短いわけですが、加齢とともにだんだん痛んできます。台所の配水管を時々『パイプマン』などを使ってクリーニングした経験は御ありでしょう。配水管の内周に分厚く堆積した『汚れ』をこのパイプマンでお掃除しているわけです。そして配水管内の汚れは主に廃油由来です。

 当然のことですが、油をたくさん使う料理をする過程のほうが、配水管が短い時間で詰まります。一方油をたくさん使った料理をしても、余った油を新聞紙などでふき取ってそれを可燃ごみに回し、シンクに油が余りいかないようにしてからフライパンを掃除すると言う細やかな神経を使う過程ではパイプマン出動の回数が激減します。このような譬えは血管の内側に着く汚れ(=動脈硬化)をそれなりに説明していますので、まずそのことを踏まえて置いてください。

 ただし、私たちは食生活で廃油のようなものを血管内に流し込んでいるわけではありません。デンプン、蛋白、脂質、そして微量な栄養素を食物の形で消化管に取り込み、消化して細かい成分に分解し、それを消化管を走行している血管内に取り込み、肝臓に送り、そこで使い勝手がいいように加工して全身に送っているのです。もし消化吸収の段階で、体に充分存在するものを取り込まないなどのメカニズムが備わっていたら、いくら食べてもそれが原因で血管などの病気になる心配はないのですが、そんな人にはお目にかかったことがありません。

 『ギャル曾根がいるじゃないか』と言う声が聞こえてきそうですが、彼女の場合は必要な栄養素もなかなか吸収しないので、食糧事情の悪かった大昔であれば、生存し続けることが難しかっただろうと思います。もしかすると人によっては多少とも栄養素を選択して吸収する人がいるかもしれません。毎日卵を56個食べてもコレステロールの代謝が正常な人などが稀にいるからです。でも、多くの人は食べた分を吸収してしまいます。だから肥満が問題になるわけです。