2014年8月1日金曜日

医療を扱った小説




 医療を扱った小説として本邦で最も有名なのは何と言っても『白い巨塔』だと思います。タイトルが良いし、内容はエキサイティングだし、作者の医療に対する祈りのようなものもにじみ出ているように思うのです。しかし、私はあえてここではトールヴァルドという人が書いた『外科の夜明け』をあげたい。この本の内容は、一人の人物が麻酔や消毒という概念がなかった頃から1900年あたりまでの外科治療の現場を見て歩くという体裁で、実在の医師たちの苦闘ぶりを描いたものです。

 尿路結石から話が始まります。尿道を、魚を3枚におろす要領で裂いていって結石を取り出すのですが、その際に用いる手術器具が古い血のりで黒光りしているというところなど、かなりびっくりします。当時バクテリアという概念がなく、当然消毒という発想もなかったので、血のりで黒光りする手術道具というのは、その所有者が如何に百戦錬磨の経験者だったかを示す証拠のようなものでした。当然手術の結果は、運がよければ救命出来る(大半は感染症で死んでしまう)というものだったのです。

 歴史に沿って、消毒法が発見され、麻酔法が発見され、癌に対する胃切除が試みられるようになるといったことが語られていきます。そして圧巻はある年の冬、一人の男が暴漢に鋭い刃物で胸を刺されて昏倒します。しばらく時間がたって虫の息のその被害者が病院に担ぎ込まれる、その病院で心臓に対する処置を散々迷った挙句実行する、それが心臓に対する外科的な治療の第一歩だったというところでしょうか。1900年前後のことだったと思います。

 余談ですが心臓内部の手術は1940年代の前半に初めて成功しました。心房中隔欠損症に対する手術で、母親の循環系を体外循環代わりに使って手術をやりおおせました。つまり母親の動脈を子供の大動脈につなぎ子供の静脈からの血液を母親に返したのです。それから数年後にディスク型人工肺が実用化され、だんだん心臓手術がルーチンワークへと変わっていきます。ディスク型人工肺の頃はディスポでは無く、研修医諸君がステンレス類似の金属で出来たディスク一枚一枚をワイヤーたわしでゴシゴシ洗っていたと聞いています。

 話しは元に戻りますが、この本は長いこと絶版でした。最近ヘルス出版というところから新訳で出ているそうです。またこの作者は19世紀末から20世紀前半に活躍したザウエルブルッフの伝記も書いており、昔『大外科医の悲劇』という名前で出版されていました。この人はいくつかの大手術を世界で最初に成功させている、文字通りの大外科医です。現在は『崩れ行く帝王の日々 - 外科医の悲劇』というタイトルで再販されています。こちらも重い本ですが、いろんなことを考えさせます。お奨めしておきます。

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