2015年7月7日火曜日

認知症と大規模な公衆衛生学的調査

 1980年頃の症例対照研究で、喫煙が認知症に対して予防的に働くと報告されていました。当時の愛煙家には大変勇気付けられる研究結果だったと思います。しかし当時の研究は様々な要素を計算に入れず、かなり強引に結論を導くものでした。高脂血症を例にとると、中性脂肪(TG)の検査結果を下げる努力をすることが生命予後に反映しないとしましょう。そこからTGは予後に関係ないとするか、それともさらにいくつかの要素を検討するか、そこで結論が大きく変わってくる可能性があります。

 TG値を下げることが無効であるとの結果が出たとしましょう。TGが高いまま推移したグループと途中からTGを下げたグループの生存率に変化が無いとしても、TG値を下げた結果が良好な予後に関係ないのではなく、それまでに高TGが病変を作り上げてしまっていたとしたら若い時からTGを低い値に押さえた群とTGを高く放置した群とで比較しないと真相はわかりません。当時の研究にそうした細かい配慮を欠くものが多かったのは間違いありません。

 認知症と喫煙の関係についても、そういった過ちがあったのでしょうか。1985年ごろから久山町で継続された大規模な認知症の疫学調査でその反対の結果が明らかになりました。久山町研究の結果では生涯喫煙経験の無い人たちと長期間喫煙した人たちでは認知症発生の確率が3倍も違うものでした。アルコールに関しても、大量飲酒が悪い結果を招くことは明らかになっています。そして運動に関しても運動量が少ない人は認知症になり易いことがわかっています。

 食事に関しては、関係する因子がとても多くて複雑なのでなかなか難しいのですが、俗に地中海式といわれる食生活習慣については認知症を予防する効果が示されています。この地中海式と言うのはオリーブオイル、穀物、野菜、果物、ナッツ、豆、魚、鶏肉を中心とした食事に少量のワインを加えたもので、この食事に関する検証を行ったのは、主に地中海地方です。食事はその地域で収穫される農作物や海産物、畜産物を中心としてメニューが組み立てられますので、その地方に住んでいる人たちにとってはとても馴染み深いものです。そしてその食事は長い年月をかけてその地方の人たちに遺伝的圧力となって、体に馴染んでいます。

 ある友人の話ではイベリコブタ(原種に近い遺伝的性質を持っているそうです)に通常の養豚場で与えるような飼料を食べさせると、彼らは糖尿病で死んでしまうとの事です。原種の豚から現在飼育されている食用の豚に品種改良されるまでに要した時間は高々数千年です。その間に品種改良された豚は高カロリーの飼料を大量に食べても糖尿病にならないようになった、と言うより糖尿病になり難い固体が選択されてきたと言うべきでしょう。食事は人間の場合にも、その地域で取れた特産品を中心としたものを長い間食べてきましたので、その食べ物に特化した遺伝的特性を持っていたとしても不思議ではありません。

 英国では、8000年ほど前の人骨が発見され、その出所を探っていくと、その近くに住んでいる人たちと遺伝的なつながりが非常に近かった。つまり、8000年ほどの間、そこに住んでいた人たちは動くことが無かったようなのです。現代日本では、人があちこちに動いていますし、地域によっては昔から移動が激しいようです。だとすると、地域の特産品で遺伝的なセレクションを受けた結果だといえるような個体は少ないかもしれません。そうなると地中海食のような食事様式が健康と直結するような結果は現れ難いかもしれません。

 しかし、限られたものを大量に反復して食べ続けるという食事パターンが健康に宜しくないということには、多くの人が同意すると思います。先ほど例としてあげた地中海式の食事など、豊富な食材を偏らないように食べています。単一のものを反復して食べるといろんな面で健康に悪影響が出るようです。だからでしょうか、大豆、緑黄色野菜、淡色野菜、海草、乳製品をたくさん食べ、お米は控えめにと言う食事が認知症予防に有効だと言う報告が少しずつ集まり始めています。

 『これが好きだ』と言って単一の、あるいは少数の食べ物に限定せずに、できるだけ多くの食べ物を、素材本来の味を損なわないように調理して食べてみてください。○○にならない食事、○○を避ける食事成分、商品化しやすい食事成分に関してはTVでそういった宣伝が盛んです。しかし、原則論から申しますが、そんなものはありません。脂肪を燃やす飲み物もありません。美食をすると太ります。多くの食材を良く噛んで食べる、そうした食生活の積み重ねが数十年後に結果として現れてくるのです。決してTVの宣伝に踊らされたりしないよう。

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