2015年8月7日金曜日

加齢と腰痛


 高齢者の宿命として腰痛があります。腰痛の原因としては様々なものがあり、Ehrlichさん(腰痛を専門としているお医者さん)によると世界中の様々な文化圏で同様な発生頻度を持っているそうです。そして病院や診療所を受診する際の最も一般的な理由だと言われています。急性腰痛は治療とあまり関係無しに3ヶ月以内に治まるとも述べています。これは外からの恒常的な刺激無しに組織の損傷が治癒していくのに要する期間と言い換えてもいいでしょう。一方慢性腰痛は様々な問題をはらんでいます。外科的な方法で問題解決を図ることも少なくありませんが、満足できる結果になることは少ないようです。

 もちろん腰痛の中には脊椎や骨盤とそれを囲む筋肉に原因が無いものもあり、そちらのほうには腹部大動脈瘤が急に大きくなって破裂間際と言う奴とか、内臓疾患で痛みが腰背部に放散するために生じたものなどもあり、致命傷となるものがありますので、全部が全部痛み止めの貼付剤を処方すればいいといった安易な対処では時としてとても具合の悪い事態になる場合があります。もっとも、長いこと同じような部位が同じような具合に痛むと言う場合には、そういったことは余り考えなくてもいいと思います。

 物理的な原因による背部痛には、バイク事故、転落、骨粗鬆症による圧迫骨折、長期間のステロイド処方を原因とした骨粗鬆症などが挙げられます。他には椎骨の感染、骨腫瘍、椎体への転移等もまれにはあります。こうした原因の特定できるものはEhrlichさんによれば全体の20%以下らしいのです。英国では背部痛が原因の欠勤が延べ1億日にのぼるとされています。原因がはっきりしない背部痛は、一般に立位の姿勢と関係していると思われていますが、そうではなさそうです。ただし、肥満と妊娠後期は脊椎の不自然な『曲がり』の原因になりえます。そのほか舗装道路上でのジョギング、車の座席に長時間座りっぱなしなどというのも背部痛を誘発します。

 一般に腰痛に対する治療としては以下のようなものがあげられます。
1.        非ステロイド性消炎鎮痛剤
2.        麻薬
3.        コルセット装着
4.        筋トレ、リハビリや体操など
5.        ステロイド性消炎鎮痛剤
6.        三環抗鬱剤
7.        中枢性筋弛緩剤
8.        温泉
 
 いずれの手段を用いても、目指す腰痛の解消に至ることはまれです。特に慢性の腰痛に関しては、まず痛みがなくなることはありません。

1. 非ステロイド性消炎鎮痛剤は一応痛みを自制内に押さえ込むことが出来ます。しかし長期連用で様々な問題を引き起こすのです。消化管の『荒れ』を予防するために、胃粘膜保護剤などを同時に服用する必要が出てきますし、長期連用で腎臓へのダメージが顕在化することもあります。またその種類によっては心血管系に良くない影響を及ぼすと言う報告もあります。

2. 麻薬はお奨めできません。うつろな瞳と震える手で『薬(ヤク)をくれ~』などといっている姿を想像してください。冗談はさておき、麻薬の副作用は多岐にわたります。消化管の蠕動運動が抑制されますので、便秘になりがちです。胆嚢も胆汁がたまって柿羊羹のようになることがあります。服用量を間違えると呼吸したいと言う気持ちが消えうせることもありますし、蕁麻疹やかゆみの原因になることもまれではありません。

3. コルセット装着で一時的に楽になりますが、筋肉が萎縮して行ってやがてコルセット無しではやっていけなくなります。しかも、廃用性に筋肉が萎縮すると、コルセットが骨に当たってそこが痛くなると言うことも起こります。長期にわたって装着すべきではありません。

4. 筋トレ、リハビリや体操はきちんとやればそれなりに効果があるのですが、きちんとやることが難しい。同じような、そしてある程度肉体的な苦痛を伴うことを長期間反復して行うことは、多くの人にとって難しいものです。筋トレやリハビリの最大の難点がそこにあります。

5. ステロイド性の薬剤もまた一時的な効果しかなく、ステロイド性糖尿病、ステロイド性骨粗鬆症、電解質異常、ホルモンバランス異常、感染症にかかりやすくなるなどの問題が噴出するので好ましい解決策とはいえません。

6. 三環抗鬱剤は睡眠のサイクルに対して影響してくるので、服薬の時間やタイミングなどに神経を使う必要があります。

7. 中枢性筋弛緩剤も効果が限られています。むしろ急性腰痛症(ぎっくり腰など)に使うべきかもしれません。これは一過性の筋力低下を伴うので、転倒⇒骨折と言う危険が付きまといます。

8. 温泉療法はわが国で発達したもので、リハビリ施設などでも用いられることがありますが、効果の客観的評価が難しいので、一般化されていません。しかし泉質の良いぬるめの温泉にゆっくり浸かると疲れが取れるのは間違いありません。この方法の最大の難点はコストです。私は井筒屋さんの屋上の温泉が大好きなのですが、食事などを注文しないでそ知らぬ顔をして利用するのはルール違反ですね。

 ではどうすればいいのでしょうか。いくつかの原因については、早めに予防することが出来ます。その予防とは骨粗鬆症にならないようにすることです。男性は加齢による骨格の脆弱化が女性よりゆっくりやってきます。女性は閉経に伴って、カルシウム代謝が大きく変化し、骨粗鬆症の発生に向かっていきますので、それを予防することが大切です。まず骨に必要なカルシウムをちゃんと摂取することが大切です。

 カルシウムは消化管から吸収されて、血液に溶け込み、体のいろんな部位で大切な役割を果たしていますが、血液中のカルシウム濃度が低いと骨からカルシウムを借りてきます。赤字国債のようなものです。血中カルシウム値が上昇したら借りた分を返すことも出来るのですが、消化管からの吸収率も低下してきますので、返却できるようにはなりません。ですから、私たちが出来るお手伝いは、まずカルシウムの吸収を良くし、体で利用しやすいようにすること、そしてカルシウムが不足するときに骨から借りてくるのを邪魔すること(銀行の貸し渋りにあたる)です。さらに骨の組織で新たに骨格構造を作っていくということも考えられます。

 こうした治療法を組み合わせながら何とか腰痛をなだめすかして生きて行く。そういったことしか言えません。しばらく、私が当院で向き合っている様々な痛みについて、述べて行きたいと思います。

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