2015年7月31日金曜日

骨粗鬆症の治療戦略


 今回で骨粗鬆症に対する項目を一応終えたいと思います。女性は45歳頃から急激に骨密度が低下するので、ちゃんとした対策が必要です。まず常識的なところとして、別のブログに紹介していますが、若い頃に、妙な思い込みに従ったダイエットでカルシウム摂取を極端に減らすと言うことをやめるべき( http://landarzt.blog.fc2.com/blog-entry-935.html )です。更年期を迎える前に、既に骨粗鬆症予備軍状態になっていると、50歳前後で腰椎の病的骨折(圧迫骨折)を起こしてしまい、それから40年に及ぶ腰の曲がった生活を強いられかねません。

 しかし、骨粗鬆症の最初の項で述べたように牛乳のがぶ飲みで一過性に血中カルシウム濃度を高めると言うやり方にも弊害があるようで、コンスタントにゆっくり吸収されるカルシウム摂取をしていく必要があります。そして危険な年頃になったら、まず定期的に骨塩定量の検診を受けることです。年に一度程度でいいと思います。そして骨密度が低下していたら(その頃でしたら、食生活の改善などで一年ほど費やしても構わない)行動を起こす必要があります。最初食事指導、運動、日光を良く浴びるようにするといった日常生活の改善から始めましょう。

 もし最初の骨塩定量の結果が既に病的な低下を示していたら、薬剤による治療を開始すべきです。治療は血液中のカルシウム濃度が正常範囲にあるか低いかで違ってきます。カルシウム濃度が正常範囲にあれば、ホルモン剤(エビスタ®とビビアント®)を開始します。カルシウム値が低ければ、ビタミンD3(VD3)製剤をホルモン剤とともに開始します。この治療中に、血液中のカルシウム濃度を二ヶ月に一度測定し、もしカルシウム濃度が低下し、VD3製剤未使用なら併用することになります。治療中に骨密度の測定を最初は半年に一度行い、治療効果を見ていきます。余り芳しくないようでしたら、他の薬剤に切り替える必要があると思います。

 6570歳になったら、上記のホルモン剤からビスフォスフォネート製剤に切り替える事を薦めます。男性の場合は最初に選ぶお薬がビスフォスフォネート製剤になると思います。効果が無ければテリパラチド系の薬剤になりますが、これはお薬のコストが他の薬剤の10倍から20倍になってしまいますので、年金生活になる時期にお金のかかる薬にチェンジするのは厳しいのではないかと思うのです。この薬は使用制限が確か2年まででしたので、仕事の収入がある時期に使うようにしたいと思います。

もう一つ、抗RANKL抗体という選択肢もあります。半年に一度の皮下注射ですし、薬価も先に上げたテリパラチド製剤よりもはるかに安くつきますので、使いやすいのですが、半年に一度と言うと、次回皮下注を忘れてしまうと言う不安があります。ビスフォスフォネート製剤にも半年に一度とか1年に一度の注射と言うのが開発されつつあります。その種の薬剤は、記憶力の衰えが目立つとしになると、正直言って使いたくないものです。なお、この群の薬剤は5年以上続けると効果がうせると言われています。

腰椎の圧迫骨折などで我慢できない痛みがあるときなど、カルシトニン製剤が効果を示すようで、私も何度かこの薬を処方したことがあります。23日で痛みが引いてくるようですが、これが薬の効果によるものか自然経過なのか分かり難いものがあります。しかし、『痛い痛い』と言っている人に、圧迫骨折による痛みを除く目的で薬効が認められている薬を投与しない群と投与する群で痛みの退く期間を比較すると言うのは、余り褒められたことではないと思いますので、当院ではそんなことはしていません。

骨粗鬆症への対処法をまとめると、①若い頃の食生活の改善、②45歳を過ぎたら骨密度の検査を定期的に行う、③骨密度が低下し始めたらエビスタ®かビビアント®の服用を開始する。その際、骨塩の定量検査は定期的に行う、④前期高齢者になる頃にビスフォスフォネート製剤に切り替える、⑤ビスフォスフォネートを4年半ほど続けたら抗RANKL抗体に切り替える。お財布にゆとりがあればテリパラチド製剤を⑤の前に使うと言う選択肢もある。

大まかに言うと、以上のように進めるのがいいと思うのですが、85歳頃になって、圧迫骨折による腰痛で始めて来院するといったケースが後を絶ちません。腰が激しく曲がった状態で日常生活を送るのは決して快適ではありませんので、45歳前後になったら受診するようにしたほうが望ましいと思います。そしてダイエットに対する関心が最も高い10代後半から20代の頃に一度病院を受診して骨密度を測り、その際栄養指導を受けると言うのが理想的です。

2015年7月24日金曜日

骨粗鬆症の治療薬


 病院で骨粗鬆症の治療を受けるためには、まず骨粗鬆症であると言うことが診断される必要があります。別になんとも無いのに、『あなたは骨粗鬆症だからこの薬を飲みなさい』と言うような乱暴な話は認められないのです。これは他の病気でも同じで、ちゃんと診断をつけた上で治療をする、これが疾患に対する治療の原則です。もちろん、原因がはっきり分からないけどとても具合が悪い、そんなときにはまず対症療法をやりつつ、原因を探ると言う方法を採りますが、現代の医療では治療と診断が密接に結びついています。

 では骨粗鬆症の診断はどうすればいいのでしょうか。高所から落下したとか脊椎に対してとても過酷な運動(ウェイト・リフティングなど)をしたと言う事がないのに腰椎の圧迫骨折が認められ、悪性腫瘍などの痕跡がなければ、それは病的な骨折、骨粗鬆症と判断できる状態です。45歳を過ぎた女性では骨の特定の部位がどの程度X線を透過するかといった検査を行う事があります。これでその人の年齢の平均値よりも低い場合には骨粗鬆症と判断できるのですが、女性は男性よりもベースラインが低く、しかも加齢による骨量の落ち込みが急なので、女性の平均を採るべきではないと私は考えています。

 そして骨密度がある水準よりも低いときには薬物による治療を開始するのですが、骨量の低下がはなはだしい女性のほうが治療の選択肢はたくさんあります。そして骨粗鬆症の発生頻度は女性のほうが男性と比較して圧倒的に多いので、主に女性の骨粗鬆症治療について述べて行きたいと思います。ここで取り上げる薬は男性にも使えるものについて各々そのことを注記すると言う形でお話を進めましょう。

 歴史的に古いものにビスフォスフォネート系の薬剤(男性にも用いる)があります。これは破骨細胞の活動を抑制するものです。そのほかに利用できる薬剤には活性型ビタミンD、ビタミンK、カルシウム製剤の投与や、SERM・エストロゲン、遺伝子組換えヒトPTH(1-34)などがあります。エストロゲンの投与は乳癌の発生率を高める副作用があるので積極的にお奨めできません。SERM(ラロキシフェン、バゼドキシフェン)は閉経後女性にのみ有用です。一つ一つ見ていきましょう。

 ビスフォスフォネート系薬剤は服用法が煩雑だという欠点があります。毎朝、起床時(朝食前)にコップ1杯以上の水(180cc以上)で薬を飲み、服用後30分は食事を摂らず、横にもならないというもので、私の妻はこれで挫折しました。このような短所を改善するために近年、ビスフォスフォネート系骨粗鬆症治療薬の週1回服用型製剤が開発され、普及しています。毎朝服用するタイプか週1回服用するタイプかの選択はコンプライアンスの良し悪しで決まるとされますが、辛い思いは少ないほどいいと思いますね。月一回服用製剤も今では実用化されています。またFDAは大腿骨頸部骨折後の骨折予防にゾレドロン酸(ゾレンドロネート)の年1回静注を承認しました。

 大規模な効果判定がこのビスフォスフォネート系製剤についてなされていて、はっきり骨密度増加、椎体骨折予防、長管骨など非椎体骨骨折の予防において効果が認められるものとしてはフォサマック®やボナロン®など第二世代、アクトネル®、ベネット®などの第三世代のビスフォスフォネートが挙げられます。服用時の注意はどれも同じようなものです。この何らかの秘儀のような服用の仕方は、この群の薬剤がとても消化管から吸収されにくく、空腹時に飲んでしばらくじっとしておくことで逆流を防止し、その間に吸収させると言う理由があるのです。

 一方、ラロキシフェン・バゼドキシフェンはSERMと言う群に分類されるお薬で、エストロゲン受容体に対する部分的に作用する薬であり、骨代謝ではエストロゲンと同じ作用を示し、骨外ではエストロゲンに抗した作用を示すものとして作用するものです。この群に属する薬剤は先に上げたビスフォスフォネート製剤ほどの服薬時の煩雑な取り決めはありません。そしてこの薬の抗エストロゲン作用のために、高脂血症、乳癌のリスクも低下させる、一石二鳥の薬剤です。商品名はそれぞれエビスタ®とビビアント®です。

 活性型ビタミンD3製剤(男性にも用いる)はそれほど効果が認められているわけではありません。骨粗鬆症の予防と治療ガイドライン作成委員会における推奨度では、Bランク(先のビスフォスフォネート製剤やSERMは推奨度がAランク)に入ります。圧迫骨折に伴う痛みにはカルシトニン製剤が効果を示しますが、これは先の骨粗鬆症治療効果からすればBランクです。特徴は血液中のカルシウム濃度を上げることです。

 テリパラチド(男性にも用いる)は 遺伝子組換えヒトPTH(1-34)はヒト副甲状腺ホルモンのN末端1番から34番までのみを遺伝子組換えにより製剤化したもので、皮下注射であるため病院通いの回数が増えるという意味で服薬コンプライアンスには問題がありますが、骨量増加作用は上記の薬剤と比較して最も高いとされています。商品名フォルテオ®とテリボン®があります。テリボンは週一回の皮下注、フォルテオは毎日の皮下注で、これは自分で注射するものです。毎週1回通院するのは大変だと思いますが、自分で注射するのも敷居が高い、困ったものです。

 デノスマブ(男性にも用いる)は 抗RANKL抗体で破骨細胞の分化・成熟・活性化シグナルであるreceptor activator of nuclear factor κβ ligand(RANKL)に結合することにより、骨吸収を抑制するものです。つい2年ほど前に実用化されました。RANKLというのは、破骨細胞の形成、機能、生存において必要なタンパク質で、デノスマブはそれを抑制し、皮質骨、海綿骨の骨量を増加させます。この薬剤の作用は上記A-ランクの薬剤よりも強力だと言われていますが、最大のウリは半年に一回の注射でよいと言うものでしょう。

 私の知るところではまだ大規模試験が完了しておらず、テリパラチド製剤などに対する優位性が証明された訳ではないはずです。真の実用化にはあと12年かかると言うことでしょうか。ここに挙げた薬にはそれぞれ副作用があります。ビスフォスフォネート系薬剤とデノスマブには顎骨壊死と言う副作用が上げられています。歯の治療をするときなどには一時服薬を中止しておくほうが安全なようです。そのほか、骨からのカルシウムの溶け出しをブロックしてしまうので、低カルシウム血症が発生する場合もあり、ビタミンD製剤を併用する必要がある場合も多々あるようです。

 最後に、コストについて調べたことをあげて起きます。ここでは保険で負担してくれる額とあわせた総額、それも一年間続けた場合の費用について述べます。安いほうから並べていくと、フォサマック®(31,000円ほど)、ボナロン®、ベネット®、アクトネル®、リカルボン®、ボノテオ®、エビスタ®、ビビアント®、プラリア注®、ボナロン注®、ボンビバ注(60,000円強)と続き、テリパラチド製剤は二つとも640,000円ほど、つまりテリパラチド製剤は先発の薬剤の10倍~20倍の財政負担を強いるので、年金生活者には辛いものがあります。

2015年7月17日金曜日

骨粗鬆症と生活習慣上の対策


 骨粗鬆症(こつそしょうしょう)という言葉を聴いたことの無い人は、現在のわが国では少数者でしょう。ある程度の年齢になると、特に女性に多く見られる、骨の支持力が低下するものです。女性に多く見られるのはエストロゲンというホルモンが骨の代謝に関わっていて、閉経の時期にそのホルモン量が低下することと関係しています。そして骨の密度が低下すると、骨がとても脆い海綿状になって、簡単な圧力で潰れたり(圧迫骨折:腰椎に多い)骨折(大腿骨など強い力の加わる長管骨に多い)したりします。

 骨の中の代謝は破骨細胞により骨成分を溶かすことと、骨芽細胞によって骨を作ることがほぼ同時平行的に進んでおり、動的なバランスを保っています。エストロゲンが減少すると、骨芽細胞の働きが鈍って骨の作られる速度が溶け出す速度を下回って、骨質がだんだん減少してくるようになるのです。また破骨細胞の機能はホルモンバランスの崩れで暴走しやすく、骨芽細胞の機能低下と破骨細胞の暴走が同時に現れると急激に発症する骨粗鬆症による異常骨折などが見られます。

 女性ホルモンのエストロゲンは女性にだけ存在するものではありません。男性でもエストロゲンが分泌されており、その分泌量の減少と骨密度の低下が相関していることは明らかにされています。女性のほうがもともとの骨量が少ないので、密度低下の影響が強く出やすいのですが、男性でも年齢を重ねると圧迫骨折などの異常骨折の頻度が高くなってきます。(余談ですが男性には卵巣が無いので、エストロゲンは構造的に似ているテストステロンから作られます。)こう書き記すと、『年をとったら骨粗鬆症になるので、こればかりはあきらめるしかない』と受け止められるかもしれませんが、いくつかの対策があります。

 これまでに述べてきたことから簡単に分かることですが、閉経前に骨密度をできるだけあげておけば、45歳前後から骨密度が低下し始めてもその影響が出る年齢を先送りにすることが出来ます。つまり若い頃に、充分日光を浴びて(ビタミンDがらみ)、カルシウムなどを充分摂取して、骨に適度の加重ストレスを加える(運動すること)様な生活を続ければ、骨粗鬆症になるリスクを先延ばしに出来ます。しかし、生活上の注意点としてはそれだけでなく、食生活にもいくつかの注意点があります。それについて解説します。

 骨にかかる加重ストレスは骨芽細胞の活動を活発にします。逆に言えば運動の習慣の無い、痩せ型の人はそれだけでもリスク・ファクターになります。カルシウムを不足させる動物性たんぱく過多の食事、ビタミンDやビタミンKの不足した食事、カフェインの摂り過ぎ、過剰なアルコール摂取は、食事面における危険因子となります。ニコチンやタバコに含まれるカドミウムが骨に対して毒物として作用するので、タバコも宜しくないのです。そしてカルシウム摂取に関しては興味深い現象があります。

 常識的に考えると、カルシウム摂取量が少ない場合血管壁などに沈着するカルシウム量も減るはずですが、それが増えて動脈硬化や糖尿病、高血圧などを引き起こす要因になるというもので、カルシウム・パラドックスと呼ばれています。このメカニズムは次のように考えられています。カルシウム摂取不足により血中カルシウム濃度が低下すると、副甲状腺ホルモンの働きにより骨からカルシウムが溶出し血液中に流入します。このカルシウムが血管へ沈着(動脈石灰化)し動脈硬化を引き起こすと考えられるのです。骨粗鬆症患者では動脈石灰化症による冠状動脈疾患・心臓病が多くみられることはよく知られています。

 一方、WHOレポートでは、骨粗鬆症予防のための項目で、カルシウムの摂取量が多い国に骨折が多いという現象をカルシウム・パラドックスと呼んでいます。この現象の原因として、カルシウムの摂取量そのものよりも、カルシウムを排出させる酸性の負荷を動物性タンパク質がもたらすという悪影響のほうが強いのではないかと推論しています。つまり野菜不足の肉食です。さらに、2007年のWHOの報告書で、酸を中和するほどのアルカリ成分を摂らないとき、中和のためにカルシウムが骨から溶け出して骨密度に影響すると考えられ、それを防ぐアルカリ成分として野菜と果物が挙げられています。

 メディカル・サイエンス・インターナショナルによると、砂糖や動物性食品はカルシウムを奪う「骨泥棒」とされ、骨粗鬆症の予防のためアルカリ性食品を摂取するように言及しています。また、糖分の豊富な飲み物や肉食などで発生した血中の酸を中和するのは骨の仕事だと解説しているのです。米国栄養学会の雑誌に掲載された報告に、野菜と果物を多く食べた子供は尿中のカルシウムの排出量が少なかったというのもあります。野菜と果物の摂取量が多いほど骨密度が高いという研究結果が老若男女それぞれにあるのです。

 最後は、栄養の摂り方一で逆効果になることがあるというお話で〆にします。これも逆説的ですが、疫学的調査で牛乳を良く飲む人ほど骨粗鬆症になりやすいという傾向が認められています。急激に上がり正常範囲を越えてしまったカルシウム濃度を下げようと負のフィードバックが働き、今度は下限値を越えてしまい、骨からカルシウムを補うということが起こっているようです。カルシウムを吸収されやすい形で取りすぎると、逆効果になると言うもので、こうしたことは肝に銘じておく必要があります。牛乳の害については次の紹介記事をあげておきます( http://landarzt.blog.fc2.com/blog-entry-956.htm )。

 普段食べる食物の中にジャコやオキアミなどをうまく取り入れて食べると言うのが一番いいのでしょうか。私は安価なオキアミの干したもの(縮緬ジャコは高価すぎる!)を数種類の野菜とともに炒めて食べています。これが骨密度を高めるかどうか、後10年後に私の背中が曲がっているかどうかで判断してください。次回は骨粗鬆症の治療について述べます。

2015年7月7日火曜日

認知症と大規模な公衆衛生学的調査

 1980年頃の症例対照研究で、喫煙が認知症に対して予防的に働くと報告されていました。当時の愛煙家には大変勇気付けられる研究結果だったと思います。しかし当時の研究は様々な要素を計算に入れず、かなり強引に結論を導くものでした。高脂血症を例にとると、中性脂肪(TG)の検査結果を下げる努力をすることが生命予後に反映しないとしましょう。そこからTGは予後に関係ないとするか、それともさらにいくつかの要素を検討するか、そこで結論が大きく変わってくる可能性があります。

 TG値を下げることが無効であるとの結果が出たとしましょう。TGが高いまま推移したグループと途中からTGを下げたグループの生存率に変化が無いとしても、TG値を下げた結果が良好な予後に関係ないのではなく、それまでに高TGが病変を作り上げてしまっていたとしたら若い時からTGを低い値に押さえた群とTGを高く放置した群とで比較しないと真相はわかりません。当時の研究にそうした細かい配慮を欠くものが多かったのは間違いありません。

 認知症と喫煙の関係についても、そういった過ちがあったのでしょうか。1985年ごろから久山町で継続された大規模な認知症の疫学調査でその反対の結果が明らかになりました。久山町研究の結果では生涯喫煙経験の無い人たちと長期間喫煙した人たちでは認知症発生の確率が3倍も違うものでした。アルコールに関しても、大量飲酒が悪い結果を招くことは明らかになっています。そして運動に関しても運動量が少ない人は認知症になり易いことがわかっています。

 食事に関しては、関係する因子がとても多くて複雑なのでなかなか難しいのですが、俗に地中海式といわれる食生活習慣については認知症を予防する効果が示されています。この地中海式と言うのはオリーブオイル、穀物、野菜、果物、ナッツ、豆、魚、鶏肉を中心とした食事に少量のワインを加えたもので、この食事に関する検証を行ったのは、主に地中海地方です。食事はその地域で収穫される農作物や海産物、畜産物を中心としてメニューが組み立てられますので、その地方に住んでいる人たちにとってはとても馴染み深いものです。そしてその食事は長い年月をかけてその地方の人たちに遺伝的圧力となって、体に馴染んでいます。

 ある友人の話ではイベリコブタ(原種に近い遺伝的性質を持っているそうです)に通常の養豚場で与えるような飼料を食べさせると、彼らは糖尿病で死んでしまうとの事です。原種の豚から現在飼育されている食用の豚に品種改良されるまでに要した時間は高々数千年です。その間に品種改良された豚は高カロリーの飼料を大量に食べても糖尿病にならないようになった、と言うより糖尿病になり難い固体が選択されてきたと言うべきでしょう。食事は人間の場合にも、その地域で取れた特産品を中心としたものを長い間食べてきましたので、その食べ物に特化した遺伝的特性を持っていたとしても不思議ではありません。

 英国では、8000年ほど前の人骨が発見され、その出所を探っていくと、その近くに住んでいる人たちと遺伝的なつながりが非常に近かった。つまり、8000年ほどの間、そこに住んでいた人たちは動くことが無かったようなのです。現代日本では、人があちこちに動いていますし、地域によっては昔から移動が激しいようです。だとすると、地域の特産品で遺伝的なセレクションを受けた結果だといえるような個体は少ないかもしれません。そうなると地中海食のような食事様式が健康と直結するような結果は現れ難いかもしれません。

 しかし、限られたものを大量に反復して食べ続けるという食事パターンが健康に宜しくないということには、多くの人が同意すると思います。先ほど例としてあげた地中海式の食事など、豊富な食材を偏らないように食べています。単一のものを反復して食べるといろんな面で健康に悪影響が出るようです。だからでしょうか、大豆、緑黄色野菜、淡色野菜、海草、乳製品をたくさん食べ、お米は控えめにと言う食事が認知症予防に有効だと言う報告が少しずつ集まり始めています。

 『これが好きだ』と言って単一の、あるいは少数の食べ物に限定せずに、できるだけ多くの食べ物を、素材本来の味を損なわないように調理して食べてみてください。○○にならない食事、○○を避ける食事成分、商品化しやすい食事成分に関してはTVでそういった宣伝が盛んです。しかし、原則論から申しますが、そんなものはありません。脂肪を燃やす飲み物もありません。美食をすると太ります。多くの食材を良く噛んで食べる、そうした食生活の積み重ねが数十年後に結果として現れてくるのです。決してTVの宣伝に踊らされたりしないよう。

2015年6月26日金曜日

身長の日内変動と脊椎の牽引

 身長の日内変動について検索をかけるとたくさんの結果が示されます。そしてどの記事を見てもほぼ共通に、寝起きのときの身長は就寝前の身長より高いとされています。つまり寝ているときに身長が伸び、起きているときに縮むということになります。そしてその原因は重力。重力が脊椎に加わって、椎間板の一つ一つが平べったく変形することだと言われています。もしかすると質関節や股関節の軟骨も少し変形するのかもしれませんが、ある程度広い範囲を動く関節周りの軟骨の変形は考え難いので、脊椎部分の軟骨の変形が一番の原因だろうと思います。

 軟骨はそれなりの可塑性がありますので、加重が取れた状態が6時間も続けば平べったくなったものが再び丸みを帯びた形に戻ることは充分ありえます。しかし本当にそうだろうか、疑り深い人はそんな風に感じるだろうと思いますし、そのような疑いを持つのはとても健全なことです。ではその疑いを解決する手段はないか。たとえば朝と夜に椎間板に焦点を当ててCT撮影などの画像で比較すると言う方法があります。CT撮影そのものは、現在のわが国の保健医療では数千円で収まりますので、費用の面からはこの仮説の検証にそれほどのコストはかかりません。

 しかし、CT撮影の際の被爆はどうしても避けがたいものです。ただでさえわが国は被爆大国、それも医療被曝大国です。欧米などの先進諸国で、わが国のように気軽にCT撮影を行う国はありません。CTにかかる費用がかさむと言う事情もありますが、被爆の問題が大きいのです。カナダで留学生活を送っていた頃、私の娘が旅行中に突然熱を出し、嘔吐しました。近くの診療所に担ぎ込んだのですが、そこの医師が、聴診などの観察に加えて血液検査を実行し、放射線学的な検査を行うことができるけど被曝する、将来この検査による悪性腫瘍の発生率が1%ほど上昇するがどうする、と言うようなことを親である私に尋ねました。

 この1%はあまり神経質になる必要の無い被爆量ですが、CT撮影の場合、それなりに神経質になったほうが良い被爆量です。ですから、単純に興味に駆られて測定する種類の検査ではありません。では他に何か良い方法は無いか。日中の立位での活動で重力の影響を受けて椎間板が扁平になっているのであれば、椎体の牽引で身長が多少伸びると言う現象が確認できかも知れません。そこで私自身を被験者として選び、40kgの牽引を15(15分間引っ張り続けるのではありません)行ってその前後での身長の変化を記録しました。

 若い頃と比べると2.5cmほど縮んで172.5cmだった私の身長が牽引によって173cmになっていました。つまり15分ほど重力の影響を除去して逆に椎体を引っ張ってやることによって体を引き伸ばすことが出来ました。これを例えば10年ほど若い頃から続けていたら、もしかすると2.5cmの身長の縮みは見られなかったかも知れません。でも、まことに残念なことですが足を引っ張っても足が長くなることは無いと思います。ここで述べた身長の変化が椎間板軟骨の弾力性によるものなので、可動範囲の大きな股関節や膝関節の部分で軟骨が膨らんだり縮んだりすることは考え難いのです。

2015年6月16日火曜日

瀉血:大昔の西洋医学

 瀉血と言う「治療法」が昔行われていました。熱に浮かされている人の静脈を切り開いて、体内をめぐる血液の一部を抜き取ると言うものです。なぜそれが有効な治療と考えられたのか、今日の知見からすると理解に苦しみますが、ヒポクラテスの時代には人間の生命は体液によって支配されていると考えられており、複数の体液が体の中でせめぎ会っていると考えられていました。当時、もちろん医業というのがあり、病を得た人に対して医師は何らかの説明責任を課せられたでしょうから、何か屁理屈を考えつかなければならないと言う事情があったでしょう。

 確かに悪性腫瘍の終末期には、胆汁様の吐物が観察されますので、それと体液説を結びつけて、悪い血を出してしまうと言う発想がでてきてもおかしくはありません。ついでに言うと、この「悪液質」と言う言葉は今日まで医学用語として生き残っています。その瀉血ですが、1618世紀の欧米ではかなり一般的で、多くの人が血を抜かれて、その大半が死亡し、一部は生き残ったようです。合衆国初代大統領のワシントンも瀉血を受けて死亡しました。

 歴史上のお話としては、チフスの流行の際に瀉血を施したことがきっかけで、当時の医療従事者が瀉血から離れていったとされています。チフスは感染初期から衰弱が顕著に認められる感染症で、瀉血によってかなり直接的に死亡するので、瀉血が原因で死亡すると言う因果関係の把握が容易だったようです。血液中のヘモグロビンが酸素を体の隅々にまで運ぶなどと言うことは想像されることすら無く(当時は酸素と言う物質についても知識が無かった)、性格などを支配する要素だと考えられていましたし、悪い病がその血液に居ついてしまうので、瀉血によって是正するのだと考えたのでしょう。

 それとほぼ同じような感覚で、輸血がなされていたのはご存知でしょうか。ルイ14世の主治医だったドニという人が、パリの乱暴者に子羊の血液を輸血することで、子羊のような温和な性格に作り変えると言うことを試みています。まず最初の輸血の後、その被験者は居酒屋に繰り出して大酒を飲んだと言うことです。しばらくしてもう一度輸血を受けて、そのときには死にかけたのですが、復活して、その後おとなしくなったそうです。当時の輸血、瀉血ともに、科学からは程遠い方法論で、人の健康に迫ろうとしていた時代の話です。

 現在、瀉血という方法が採択されることはありません。しかし、ある種の病態では交換輸血を行います。もちろん患者さんをめぐっている血液を全部抜き取ってから新たに同量を輸血することは出来ませんので、何度も輸血と脱血を繰り返して、ほぼ血液を入れ替えるということになりますが、もちろん血液に宿る中世的な何かを捨て去るためではありません。異なる動物の血液を輸血すると言うことも通常ありえないことですが、これについては面白いことを聞いたことがあります。

 第二次大戦の頃、わが日本軍が中国やビルマなどに進出し、戦闘に従事していたのですが、そのときの負傷兵に対して輸血が必要だが、血液製剤が無い。そんな状況に直面した軍医さんたちが苦肉の策として、致死的な抗原性の無い牛の血漿を輸血したと言う話を聞いたことがあります。その人たちの一部は、その話を聞いた時点では生存しており、その人たちが固い絆で結ばれていると言うことでした。その絆と言うのは、牛の血漿を輸血されたために、体内に妙な抗体がいろいろと出来ていて、ABOの方を合わせても輸血できないらしかったのです。

 だから、誰かが手術をするとなると、同じ治療を昔受けた「同志」が病院にやって来て供血者になると言うシステムが出来上がっていたと言うのです。直接当事者から話を聞いたのではありませんので真偽のほどはわかりかねますが、そのための強固なネットワークが形成されているという話です。この話はバンクーバーの医師から聞いたものです。一般に血液に絡んだ話にはいろんなものがあり、その多くは当然の事ながら、血腥いものです。薬害エイズなどもその一つだと思います。

2015年6月5日金曜日

過ぎたるは及ばざるが如し – 紅茶の飲みすぎ


 ひとは単独で生きていくことが出来ません。小野田少尉や横井兵卒のようにジャングルの中で長いこと一人で生活していた人もいるのですが、人間としての基礎ができた上で孤立したわけで、人間形成の過程には社会がちゃんとした役割を果たしていました。単独で生きていく、いろんなサバイバル技術を学んだ上で単独で生き抜くことは、もちろん、環境によっては可能です。しかし、生まれたての赤ん坊が人間として育っていくうえで、社会的なトレーニングは必須のものです。

狼に育てられて15歳頃に発見された子供がいたそうですが、ついに『人間』になることが出来ず、まるで凶暴で飼い主にもなつかない野犬のようにしばらく生きていて、短い生涯を終えたそうです。人間としての考え方やものの見方など、それにお箸やナイフ・フォークで食事を取るといった習慣などが『人間』を作っているといっていいでしょう。その『人間』ですが、千差万別。なくて七癖などといいますが、同じ境遇に置かれても、自分の人生に対する向き合い方には大きな個性の違いがあります。

私たち医療従事者から見ると、病を得た後にどう対処するか、といった観点で見た場合に、各々の人柄が見て取れます。例えば癌と診断されたときにどうするかというのがあります。私が研修医だった頃は本人に『あなたは癌です』と告げることはありませんでした。ショックが大きすぎて、自分でその事実を受け止めきれないだろうというのが当時のわが国全体の空気で、その傾向は私がカナダに留学した1980年代後半には強く残っていました。

カナダの西海岸で、肺燕麦細胞癌(とても進行が早い)に罹患した患者さんに『あなたは手術適応のない肺がんにかかっており、あと3ヶ月ほどで死ぬから遺言など考えておきなさい』と告げているのを見てびっくりしたものです。欧米の医師に言わせると、本人の人生なのだから、知るべき情報は全部伝えておかないと、それは一種の瞞着的な行為だというわけです。帰国して数年後に、地域の中核病院で働き始めたときに、そこの外科部長が全てを本人に告げるという考え方を持った人で、実際に病名告知をしていました。

病院からの帰りに自殺してしまったひとがいるという噂も聞こえてきましたが、今は病名告知、予後の告知が一般的になってきています。癌以外の病気、糖尿病だとか脂質代謝異常だとか、骨粗鬆症、変形性の関節症、そして高血圧などは昔から告知していました。肝硬変や腎不全についても告知していました。糖尿病や高血圧は実際に不都合なことが起こるのはたいてい病の最終ステージに近づいた頃ですが、変形性の関節症や骨粗鬆症による異常骨折などは不都合が起こったらすぐさまそれと分かります。痛いのです。

その痛みにどう向き合うか。前置きが長くなりましたが、今回のテーマはこれです。膝や股関節には強い力がかかります。脊椎にも強い力がかかります。ですから、そのあたりの病気はその荷重がより大きくなるような条件(=肥満)があると、症状の進行が早い。そして痛みを口実に動くことをやめると筋肉が萎縮して消費カロリーが減ることで、より太りやすくなります。そうすると家屋の中でどうしても移動しなくてはならないような場面に出会うたびに情け容赦なく骨の変形などが進行します。

変形性質関節症では関節を動かしておくほうがいいのです。ある患者さんは自分の趣味を貫くために、ほとんど関節として機能しなくなった膝に痛み止めを打ちながら歩き回っています。長い下り坂を下りるのが辛いとこぼしていますが、それでも元気に活動しています。一方、関節変形の程度からすればそれよりはるかに軽症で状態のいい人が、ほとんどこもりっきりになり、生活上の様々なことを他者に依存するということが見られます。どんどん生活が縮小していき、人生の最終楽章が全く盛り上がりに欠けるものになっているようにみえてしまいます。

私の仕事の中心は痛みをある程度軽くし、病状の進行にブレーキをかけることです。胸椎下部の圧迫骨折などで急性期の痛みを乗り切るためには23週間入院していただいて、その間に痛みを軽減させるような処置をします。そして第2、第3の圧迫骨折がそれに続いて起きないように骨粗鬆症の治療を開始する、そして腰椎のすべり症の発生を食い止めるなどの手立てを講じる、そうしたことがこの病院に勤務する外科系医師である私の仕事であろうと思っています。

人生の広がりは『自分のことをちゃんと自分で始末する』ということと深く関連しています。そして生きていくうえでの喜びは、誰かに何かをして上げられることだと思うのです。どこかが痛いといって引きこもって、人に何かをしてもらうことを期待しながら、愚痴をこぼし、『死にたい』などと言っていると、友人たちの足も遠のくでしょう。すると自分の人生がさびしいものになってしまうのです。出来るだけ、そうならないようにがんばってください。お手伝いできるところはします。